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「質量保存の法則」はどうやって分かったのか?

  

 

 アントワーヌ・ラヴォアジエ - Wikipediaより)

  

 ラボアジエは燃焼に興味を持った。その理由は、第一に燃焼は18世紀における需要な化学上の問題であったこと、第二に彼は1,760年代に街路照明の改良法について書いた論文によって初期の成功を収めていたということでした。1772年に、彼が他の科学者と共同出資してダイヤモンドを買い、密封容器中でそれが消失するまで加熱したのが、その研究の手始めでした。二酸化炭素が生じたが、その事実からダイヤモンドは炭素の一形態であり、それゆえにダイヤモンドは何にもまして石炭と密接な関係を持つことが初めてはっきりと証明されました。


 彼はさらに密封容器中一定量の空気とともにスズ、鉛などを加熱した。この2つの金属は共にある一定量まで表面に「金属灰」の層を作りましたが、それ以上は錆びませんでした。フロギストン説を支持する人は、空気は、含むことができるだけの量のフロギストンを金属から吸収したのだと主張したと思われますが、すでによく知られていたように、金属灰は金属自身よりも重かったのです。しかし、ラボアジエが加熱後全容器(金属、金属灰、空気などすべて)の質量を測ったところ、その質量は加熱前と等しいものでした。
このことから、金属が部分的に金属灰になる際に質量が増したとすれば、容器の中の何かが等しい質量を失ったはずであることがわかりました。この何か他のものは空気であるように考えられました。もしそうであるならば、容器の中はいくらか真空になったはずです。確かにラボアジエが容器を開くと、空気が勢いよく入っていきました。その後では、容器と内容物の質量は増していることがわかりました。


 このようにしてラボアジエは金属から金属灰への変化は、神秘的なフロギストンが失われた結果ではなく、極めて物質的なもの、すなわち空気の一部が加えられた結果であることを示しました。


 こうして彼は鉱石から金属の生成についての新しい説明を行うことに成功しました。鉱石は、金属と気体の結合したものであった。鉱石を木炭と共にすると、木炭は鉱石から気体を奪って二酸化炭素を生じ、後には金属が残ります。


 つまりシュタールは、製錬の過程を木炭から金属へフロギストンが移動することだと述べたのに対して、ラボアジエはそれを、気体が鉱石から木炭に移動する過程を含むものだと述べたのです。しかしこの2つの説明は互いに逆の言葉で言い換えた、同じ内容のものではないでしょうか?ラボアジエの説明がシュタールの説明に勝るという理由があったでしょうか? 確かにその理由がありました。ラボアジエの気体移動の理論によって、燃焼の際に見られる質量変化を説明することができたからです。
金属灰は、加えられた空気の部分の質量だけ、もとの金属よりも重いものでした。木も空気を取り込んで燃えますが、新しく生じる物質(二酸化炭素)自身も気体であって空気中に消えてしまうので、質量を増ようには見えませんでした。そして残った灰は元の木よりは軽かったのです。もし、密封容器の中で木を燃やすならば、燃焼過程中に生じた気体は反応系の中に留まり、したがって灰、生じた蒸気、および空気中に残っている物質の質量の和は、木と空気の元の質量にちがいない―――。事実、ラボアジエはいろいろ実験を行っている間に、もし化学反応に関わるすべての物質とすべての生成物を考慮するならば、質量の変化は決して起こらないと考えるようになりました。


 そこでラボアジエは、質量は決してつくり出されたり、失われたりすることはなく、ただある物質から他の物質に移動するだけであると主張しました。この概念が19世紀化学の基礎になった質量保存の法則です。測定によって得られたラボアジエの業績は、ここに述べたように非常に偉大であったので、彼の時代以降化学者たちは測定の原理を心から受け入れるようになりました。





【参考文献】



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大村升次郎

Author:大村升次郎
私立学校の教師。化学勉強法【フレームワーク式】を運営。『効果的な化学の学習を日本全国に広げる』が夢(^^)/モル濃度計算の問題集を近日Amazonで販売します(^O^)
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